スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

人間は真に新しいものを創造する能力を持たない。想像力の神秘性と純粋同一性

創造、生産とは、当の生産されたものの特異性が、その創造・生産行為から直接導けないが故に神秘的であり、それが無からの生産でなく主体の能力としたところで、神秘性を隠蔽しただけです。つまりそれは、生産の神秘性を想像力に包み隠したが、その想像力とは、まさに無から生産するのであり、生産の根拠の実体化でしかない。

神であれ、その存在の神秘性と、その力能としての創造の神秘とは別です。神の存在に関する神秘性の除去と、神の力能とされる無からの創造の能力の神秘性の除去とは、さしあたり別々に行われねばならないでしょう。

だから、創造とは、ここ(経験世界)にないが外部には既に在るものを、ここ(経験世界)にもたらすこと、です。
つまり外部へのアクセスーそれも未知の領域にて、己にとってのその未規定性に対し自性を保ち、堪え忍びながら持続することーにおいて、単なる永遠生成の閉域における未規定性でなく、既にこのもの性をもっているもの、つまり純粋同一性を掴み持ち帰らねばならないのです。

純粋同一性などない、永遠生成とは予めの同一性なき差異の反復だ、という主張があるとします。
その場合もし純粋生成の閉域にアクセスするだけだったら、それは、材料たる質料、未規定性を経験世界に持ち込んで、それを素に組み立てる、形にする、ということに、想像力は還元されるでしょう。しかしこの予めの青写真なき組み立て作業は、たまたま新しい形を取りうるが、まさにその形である必然性がないため、問題的な対象にはならないのです。つまりそれは新しい芸術作品のようなものでしかなく、新しい概念や思考の枠組みを得るのではない。根本的に思考の様式を揺さぶり、その刷新を迫るような、問題的な対象は、したがって、生成する閉域の内部において、己自身を保っている純粋同一性以外にありません。

にほんブログ村 哲学・思想ブログへ
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 哲学へ
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。