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第一章 「存在と無」~幾何学の問題―内部高次元と貫入の論理2

観念論者と実在論者の対決にはとうに決着がつき、物理主義者だけが真理に近い立場にある、という風潮はもはや
一般人にも深く浸透しています。
私としては、先に結論を申し上げると、物理主義はなるほど結構であり、多くの問題がそれにより解決できるだろうが、
しかし物理主義というひとつの態度を取ることで、他の立場からは簡単に説明できるようなことが、時折非常に多くの
媒介、紆余曲折・苦労を経て、やっと達成されるといった自体が生じていることに、単純に経済的な疑問を感じているのです。
(例えばクワインの自然主義における、「刺激意味」なるものを基礎にした、冗長な経験の理論)。

さらにラジカルには、物理学とは、そもそもギリシア哲学を起源としているので、どうしても西洋的なものということで相対化されます。まあそれはおいおい詳しく論じるとして。

ドゥルーズのベルグソン読解の続きです。
生命という非外延的イマージュと、物という外延的イマージュが、混合して経験は成立している、というのが、「ベルグソンの哲学」で語られています。

しかし、混合とは何か。物の方のイマージュは簡単です。要するに、論理学でいうクラスであり、そのメンバーとして項があります。
このクラスは抽象的であり、内包的意味をもたず、項も無内容としましょう。

しかし生命的イマージュの方はそう簡単には言えません。項として、何を取るか。少なくとも、それはベルグソンが優遇したい生命的なものであるのだから、抽象的なクラスなどでなく、生きた集合です。つまり、その集合の内容が一瞬一瞬局所的に更新されるので、各項、及びその関係の意味もまた、一瞬一瞬変わっていきます。70年代以降盛んになったオートポイエーシス理論に近いですね。そもそもベルグソンの哲学自体が、オートポイエーシスの原始的な姿ですが。

さて、物体のイマージュと、生命的なイマージュが混合する、とは具体的にはいかなる事態なのでしょうか。
そしてそれが経験の条件だというのなら、我々存在者はその混合している現場で同一性を保たねばならないのです。

同一性を維持しないと、それらは生命と空間との混じり合いにおいて、緒イマージュの交差において、(常に関係とその意味が変化する)生命的粒子と(内容をまったく持たない)空間的粒子とが混じり合って内部的多様性をなして、まさにそれが現実に現象している只中で(超幾何学的形態の断面において)、私という混合から成り立つという存在者は、内部的に解体されてしまうでしょうか?

存在者は、形態をもつ、としましょう。この形態は、もちろん物質的な形ではありません。形態(ゲシュタルト)についてはもっと後に詳しく論じます。

ところで、その現存在を定義する形態は、ある断面の層を含む形態をなしており、その形態がもつ断面において、生命的粒子と空間的粒子が内部多様性をなしてなにが悪いのか?つまり、現存在という形態は、多様な断面の層を含み持っており、その横断であり、そのうちで、個々の断面がもつそれぞれ異なった粒子が、運動している、として、存在者とはそういうものとして規定されるのではないか。

ある存在論的形態としての現存在は、もしそれを純粋に抽象的に見るならば、従って各イマージュに分析するのならば、つまり生命、純粋記憶として見るのならば、幾何学的形態をなしているはずであり、その断面は、様々な種類の粒子による多様性をなしている、と考えられます。
この幾何学的形態の、最も内奥こそ、全ての種類の粒子による多様性でありかつ、まだ規定されていない抽象的存在者の重複の場であるのです。逆にベルグソン的な逆円錐とは、先端に行くにつれ、この抽象的存在者は、どんどん規定・限定されていく、と考えられます。
その先端、極限が、経験的な現在です。

規定されていない存在者。過去の記事では、無の点でそれを置き換えました。ベルグソンの混合とは、このように内部高次元と捉え直したうえでもう少し精密化すると、複数の異質のイマージュからなり、特に物質と生命が重要ですが、後者を生命ということで神秘化してしまうのでなく、多様な粒子の常時可変的な関係、と規定できるでしょう。
また混合ということも、その漠然としたイメージでなく、内部高次元という超幾何学でもって、多少は規定されました。
しかしここがベルグソンの限界です。

混合ではなく、その一般化としての貫入。次回は、混合よりも遥かに包括的な、貫入の論理についてお話します。
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